第1章 赤目の少女

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だが、濃霧に灰煙が混ざり不明瞭さを増した視界がそれを拒む。 これでは相手の正確な位置など掴めはしない。だが見失っているのは化物も同様で、明確に此方に近づく気配はなかった。 (だったら今の内に距離稼いどかねぇと。どうせすぐに追いつかれる) 異形が降ってきた方向を覚えている事と、逃走する側である事が自分と化け物との間にある唯一のアドバンテージ。 その一時的優位へ逆転した状況を最大限生かす為、俺は異形がいるだろう方面に背を向けて全力で逃走する。 どうやら覚えに間違いはない様で、足を進めていく先の視界を閉ざした霧からは灰色の色彩がだんだんと薄れていった。 「アァ……?ゥァ……」 (よし、まだ見つかってないみたいだな。ならどっか隠れてやりすごすか) 響く異形の呻きは疑問形が内包されたもので、それは相手がまだ此方を見つけてない事の裏付けとなる。 俺はある程度走る速度を緩めて辺りを捜索。 そして道の途中で見つけた大きめの段差に身を隠し、息を殺しながらも整える。 そろそろ土煙が晴れてきた頃だが襲撃者の足音が近づく気配はない。どうやら相手は完全に此方を見失っているようだった。 このまま隠れ続けていればいずれタイムリミットが来て悪夢は終わる。 隠れる事は常時警戒を必要とする為に精神的な緊張を強いられはするが、目が覚めるまで飛んだり跳ねたりし続けるよりはずっとマシだろう。 (撒けた、か。この分なら今日は幾分楽に済みそうだ) これまで経験した三回に比べて比較的簡単に乗り越えられそうな状況に自然と上がる口角。 まあ逆に言えば似た様なシチュでもう三回も追い掛け回されているのだ。 同じ状況を何度も反復すれば自ずと対処法は分かるもの。今回はそれをただ実行しただけの事であり、その結果はご覧の通りである。 (とりあえず早く目ぇ覚まさないかね俺。ここ出ない限りまだ危険だってのに) とは言えまだ楽観視出来る訳じゃない。 自身の緊張が緩みかけているのを感じた俺はワザとマイナスの思考をして己を一喝。 今の所上手くいっているが相手は完全に未知の存在だ。 何があっても不思議はない。
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