80人が本棚に入れています
本棚に追加
少年宅の玄関先から漂ってくる夕食の香り。
鼻に届くそれが大好物のカレーである事を察した彼の顔にさっきまでとは別種の笑顔が浮かぶ。
当然、好物に意識が向いてしまった少年が少女の表情が曇った事など気付きはしない。
「それじゃまた明日―。ばいばーいっ」
夢を語る男の子に訪れた終わりの時間。
丁度よく自分の言いたい事を消化し終えていた少年はカレーの匂いに引き寄せられ足早に家に向かって駆け出す。
けれど、そうするよりも先に、咄嗟に伸ばした少女の手が少年のTシャツを掴んでいた。
「どーしたの?」
「あ……その、えっと……」
少年は引き止められた事に純粋な疑問を問い、反射的に動いてしまった少女は答えに窮する。
数秒の間言葉にならない声を出していた女の子は、やがて自分の気持ちに素直 になる。
「じゃあ……ゆーきはわたしがピンチになったら助けにきてくれる?」
少年とまだ話していたい。まだ彼の明るい笑顔を見ていたい。
そんな乙女らしい想いから紡がれた突発的な問い掛けに、少年は力強い笑みを見せ、
「ぜったい助ける!ヒーローはだれも見すてたりしないからな!」
またテレビからの受け売りで。よく意味の分かってない言葉を使って。
それでもただ素直な気持ちで少女の問いに即答した。
「「ゆーびきーりげーんまーんウソついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった!」」
幼なじみである二人の間で何時しか決まっていた約束のおまじない。
どちらともなく小指同士を絡めてそれを唱えた少年少女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
そうして歌の終わりと共に指は離れ、少年と少女は今度こそ別れる。
また会う明日。変わらない日常を疑うことなく。
○ ○ ○ ○
最初のコメントを投稿しよう!