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「久しぶりだな。最近来れなくて悪かった。こっちも色々ごたごたしててよ」
――それから十二年後の春。早咲きの桜が舞う町を一望出来る山の高台。
そこには経た歳月分成長し、背丈や顔つきが大人に近づいたかつての少年がいた。
糸のほつれや草臥れの見える制服に身を包んだ彼の足元には花束があり、手には一本の筒が。少年はおもむろにそれを開いて中から一枚の書類を取り出す。
癖の付いた書類の両端を握って広げた紙面には薄墨色の細かな字と共に卒業証書の文字が。
そう、今日は少年が通っていた高校の卒業式だった。
「ほれ見ろよ、一時期は成績がちょーっとヤバかったけどなんとか無事卒業出来たわ。お前にも少し心配かけちまったかな」
「でもこれで明日から晴れてフリーターになったわけかぁ……。あ、働く意思はあるからニートじゃないぞ?そこは間違えないでくれ」
自身の現状をおちゃらけた調子で語る彼の表情は決して明るくない。
普通に考えればそれもそうだろう。少年はその言葉通り卒業後の就職先が決まっておらず、不景気だと騒がれる時代において無職の二文字はよく考えなくとも致命傷だ。
だが、彼の表情が暗い理由においてそれは小さな一因でしかない。
もっと大きな理由が、式の中で感じたものが、自分以外のクラスメートが当たり前の様にしていたその姿が。
そして何よりこの場所に来たことが、彼が目を背けていた現実を思い出させたのである。
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