第1章 赤目の少女

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大きさが人程もある黒い歪な球体から四方八方に生え、体を支える無数の手足は人間のそれ。 太さも長さも異なる影の様な四肢の群はぷっくりとした幼い子供のものからしわがれ筋張った老人のものまで。老若男女を問わない。 それだけでも十分異常で尋常でない気味の悪さだが、それ以上に異彩を放つのが球体状の体に浮かび上がる幾つもの人面だった。これまた老若男女個体差があるのだけれど、唯一一貫して共通している特徴が一つ。 それは異形の顔が見せる表情がどれも怒りや悲しみ。要するに負の感情を表したものである事。 化け物の姿はまるで様々な人間の負の部分を掛け合わしたかの様で、全身からは底知れない暗い気配を放っていた。 「――ァ……!」 「っと、やべ……!」 と、まるで深淵に引き込まれるかの様にその姿を凝視していた視線が無数の赤黒い眼光と交わった。一呼吸分の沈黙。そして異形は緩慢な動作で体躯を此方へ向け、 「ァ――アァァァァァ!」 化け物の雄叫びが大気を震わした。 呪詛によく似た調子外れた声を引き連れて獣は複数の手足で地を蹴り一直線に駆ける。 眼光の軌跡を白霧に残し接近する紅眼が映すは当然異形を振り返った此方の姿。 しかしそれを確認するまでもなく、俺も全力で駆け出していた。 あの化け物が一体何なのか。詳しい事は何も知らないし何も分からない。 唯一分かっているのはこれから本当の意味で目覚めるまでの間、この意味不明な世界で延々アイツと追いかけっこをしなければならないと言う事。 そして理由は分からないが、アイツに捕まってはいけないと脳の奥底にある本能が訴え続けている事だけである。 「ァーアアァァアァアアアアアアアァアァアァァァッ!!」 「ち……っ、クソがっ!」 走る速度はほぼ互角。ならば彼我の距離は縮まらないが、その場合に場合に追跡者がどんな行動に出るかはこれまで三回の経験で理解していた。 だんっ、と地面を弾く様な一際大きい足音が響くと同時。頭上に影が迫る。 それに対して反射的な判断が前回り受け身の要領で体を横に飛ばした。 コンマ数秒の差でモノクロの世界を揺るがす衝撃。 一瞬前にいた地点は爆音と共に灰色の土煙が立ち上る。 転がされた衝撃と降り注ぐ飛礫が肌に痛みを刻むが些細なもので、俺はすぐさま立ち上がって異形の姿を探した。
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