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Black And Gold
漆黒の闇に溶け込んだ影が、音も立てず、滑るように動いた。
深淵から蘇ったようなその男は、マントをなびかせ、静まり返った森を進んでゆく。
その後を追う微かな足音・・・。
「付いて来るとは良い度胸だな。」
オニキスの鋭い瞳を向けられた追跡者が木の陰から姿を現し、噛み付かんばかりの口調で返答する。
「絢瑛(アヤテル)の怪しい行動に疑問を持って何が悪いのよ。」
ふう、と大きく息を吐くと、絢瑛と呼ばれた青年は冷艶な顔に多少の毒を含みながら、勇敢な少女の顔を覗き込んだ。
少女は清冽な瞳で、真っ直ぐに男を見返し対峙する。
だが、大きく見開かれた翡翠の瞳には絢瑛に対する過大な警戒の色が見られた。
「別に透子(ユキコ)が私を追いかけ回すのは構わないが、はぐれて森を彷徨うことになっても知らんぞ。」
「追いかけ回してなんかないわ!」
顔を高潮させて、少女が叫んだ。
静謐な森に少女の声が木霊し、葉の擦れる音が妙に大きく鳴った。
遠くでは、不安を掻き立てるような獣の遠吠えが木霊している。
透子は思わず小さく身震いした。
絢瑛は、気付かぬ振りをして歩を進める。
その後を慌てて透子が追った。
「どこに行くつもりなの?」
勝気な表情を崩さず、可憐な追跡者は尋問を続けた。
問われた青年はチラリと少女を顧みる。
だが、投げ掛ける視線からは何も読み取れなかった。
「勝手に付いて来たのだから、何があっても責任は取れぬ。
今すぐ引き返すか、守って欲しければもっと側に来るんだ。」
「なっ!」
透子は怒りと、少女特有の恥じらいで顔を真紅に染めた。
だが、透子が次に口を開く間もなく絢瑛は軽々と透子を抱き上げていた。
「何するのよ!」
一瞬、何が起こったか理解できなかった少女はポカンと口を開け、地面を見下ろしやっと状況が飲み込めると、自由を奪われた子猫のように暴れだした。
絢瑛はそんな少女の耳元に唇を寄せて、もったいぶった口調で言った。
「足手まといになると困るからな。だが、それ以上暴れるのなら大人しくさせるぞ。」
麗しい容姿とは裏腹に全てに容赦のない彼の意図を一瞬で読み取った透子は、不本意ながらもピタリと静まった。
何度か味わされた屈辱を思い出し怒りに小さく震えたが、唇を噛みしめ耐えた。
青年はというと全く意に介することなく、ずんずんと歩みを進めてゆく。
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