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ある時期から、兄の存在が疎ましくなっていた。 それは、兄が私に対して過干渉だとか、 そういう意味ではない。 兄の存在自体が疎ましかったのだ。 三つ年上の兄は、大学を中退してから まともに社会と関わっていない。 仕事も長く続かない。 昼間、家にいない日が続いたなと 思っていると、すぐにまた、 部屋の中に気配を感じるようになる。 その時まだ高校生だった私は、 『社会人て、そんなものなのか。 大変なんだな』と、漠然と思っていた。 両親も、意識的にそこには触れないように していたように思う。 ひきこもりというわけではない。 暴力も振るわない。両親とは、私より仲が 良かったかもしれない。 やがて私は就職活動の時期に入り、 何社か面接に行くようになった。 すると、あまり気にしていなかった 兄の生活が、一般的ではないことが、 客観的に浮き彫りになってきた。 『ご兄弟は?』 「兄が1人います。」 『お兄さんは、どんなお仕事をされているのですか?』 「仕事はしていません」 『学生さんですか?』 「いえ…兄はいま、なにもしていません。」 『無職ということですか?』 「はい…」 『…そうですか。』 どの会社の面接でも、このようなやり取りが 繰り返された。 このやりとりが憂鬱になってきた私は、 一社だけ、思わず 「兄弟はいません。一人っ子です。」 と言ってしまったことがある。 後々、何とも言えない嫌な気持ちになった。 兄に対して、怒りのような罪悪感のような。
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