夏のいたずら

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地下鉄の階段を上がるとき、下から風が吹き上げる。 そんな些細なことがうれしい。 でも家までの5分程の道のりを、あの蒸し暑さの中、歩くことを考えると一瞬の涼しさが、なかったかのように感じる。 踏ん切りをつけ、マンションまでトボトホ゛と歩く。 今日の仕事を反芻し、何事もなかったことにホッとする。 いつから守りの人生を自然に歩んでるんだろう。 電車に乗ったら、周りの背景に溶け込むように本を読む。 カフェでも同じ・・・。 できるだけの同化。 もちろん会社でも。 組織の歯車にさえ、なれないやつもいるんだ。歯車になれるだけでも優秀だ。 ・・・そう叩き込まれる。 そんなとき、決まって脇の下に冷たくもなく、熱くもない汗が、体を伝うのを感じる。 変わらなければ麻痺していくことがわかっているのに、変われない自分。 この安穏とした環境で定年まで居続けたいと願う自分。 頭と体がセパレートした奇妙な感覚にとらわれる。 「ウォー‼」遠くから雄叫びににた叫びが聞こえた。 音の方へ意識を向けると街の電気屋かららしい。 立ち止まり吸い寄せられるように52インチはある巨大なモニターをのぞきこむ。 「さあ・・・大変な試合になってきました。ここで一打でれば逆転・・・」 あ・・・オレの田舎の代表校だ。 打てば逆転か。 モニターの中の球児はユニフォームを真っ黒にし、躍動している。 その場を動けなかった。 「カキーン」レフト前ヒット。逆転だ。 「よし!!」 ん? 隣にいつの間にか人がいて、オレと同郷なのだろうか、思わずといった感じで、グッと拳を握り、声をだした・・・女の人・・・が・・・いる!? えっ!まさか・・・んなはず・・・。 テレビのモニターを見たり、彼女の横顔を見たり、おれの顔が忙しく往復する。 そんな挙動に隣の女の人もこちらが気になった様子でゆっくりこちらを向く・・・。 視線が絡み合う・・・相手の目に?マークと!マークが交互に現れる。 「・・・久遠くん?」 「柴咲!」 やっぱりだ・・・。 24年の時を経ても、はっきりわかる。 もちろん、体の線や、顔に24年の時間は刻まれている。 亜弥は視線をはずし、察知したかのようにうつむく。 「覚えててくれたんだ・・・おばちゃんになったゃったでしょ。なんか・・・恥ずかしいな」 「そんなこと・・・おれだっておじさんだし・・・」 ・・・ぷっアハハと2人笑い合う。 「・・・でも、びっくりしたぁ、まさか久遠くんが、こんなとこにいるなんて・・・」 「そりゃ、こっちのせりふだ」
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