過去は捨てていくモノ

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   春一番には程遠い突風が吹き抜けて、びゅうっと足元を心許なくさせる。  それでも、たくさんの人が行き交う歩道をあたしは足を止めずに進んでいた。  振り返って見ていく人達がいることには気付いていたけど、それどころじゃないんだ……という思いがあたしから羞恥心をすり潰していた。  だってあたしは、今間違いなく世界で一番不幸な筈だったから。  ──と、その瞬間。 「……た……っ、いたた……」  予期せぬことが目の中で起きた。  全然頭になかったけど、泣きすぎたせいか目の中でコンタクトがずれたようだ。  コンタクトが黒目の位置からずれるとものすごく痛くなる……とは話に聞いたことだけある。  初めて経験する痛みだけど、異物感で判る。こすりすぎたせいで、コンタクトはあたしの目の裏側に行こうとしていた。 「やっ、いた、いたた……」  痛みを訴えたところで、ここに洗面台や鏡はない。  手袋を外したところで、洗っていない手で目の中をいじるわけにもいかない。  やばい、霞んで見えない。  歩道の真ん中で立ち止まるなんて迷惑行為に発展させるわけにもいかなくて、あたしは何とか道の端までよろよろとたどり着くと、とりあえず手袋を外した手の甲で痛む瞼を押さえた。  不幸中の幸いで、目は涙に濡れている。  閉じた目を押さえることで、涙の膜の中を泳いでコンタクトが戻ってこないだろうか、と期待した。 .
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