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「――何?そんなに俺、コノルンに想われちゃってるんだ?」
俺の言葉に、驚いたように見開かれるコノルンの瞳。
――しまった…。
多分、コノルンにとっては、凄く――凄く大事な一言だったはずだ。
余りに突然の事に混乱して、自分の中で処理し切れなかったからって、結局軽く受け流してこんな返事しかできない俺は最低だ。
立ち竦んで動けないまま俺を見つめるコノルンの黒髪が、音もなく霧雨で濡れて重さと艶を増して行く様は。
曇り空の下でくすんだ世界の中ただひとり。
――ひとり水を得て輝く、蒼い蒼い紫陽花のようだとやっぱり俺は思う。
一度溜息をついて、深く頭を垂れた後に上げたコノルンの顔はもう、すっきりしていて。
濡れた髪を掻き揚げながら。
「――あっさり振られたか。――じゃあさ…」
一度だけでいいから、抱き締めさせて欲しいなんて言われて。
ハグなんて何時もやってる事だから。
「どーんと来なさい!」
って腕を広げる俺。
諦めたみたいに寂しそうな笑顔を見せるコノルンを真っ直ぐ見ることが出来ずに、視線を逸らす。
ためらいがちに俺を包み込んでくる腕に、身を少し任せてみたら。
挫けそうな気持を打ち消すように、あらん限りの勇気をかき集めて俺のこと抱き締めてるんだって、
ちゃんと伝わってくるんだ…。
『よかったのか?これで』
後悔するにも、コノルンの気持をこれほど壊しておいて、今更時間をくれなんて、言えない。
「ゴメン。颯君」
「――バカだな…謝んなよ」
俺はどうしたらいいか判らなくて。コノルンの背中を、子供を宥めるみたいに軽く手のひらで叩いた。
「ほら…風邪引くぞ」
って。コノルンが足元に転がした傘を拾い上げて二人の上にかざすけれど。
何の気無しに一つの傘に入ってたさっきとは違って、妙に意識をしてしまう自分に気がついた。
「――」
見上げる空は、今も色を失って灰色のままだ。
それでも。
夏へ向かって緩やかに空が色を取り戻していくように。
今日の事が些細な事だったと思い返す季節が、何時の日か来るんだろうか。
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