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颯君に連れられて辿り着いたのは、細長い展覧室の一番奥の突き当たりの壁。
その一面を使って大きな白いキャンバスに描かれてたのは。
葉を落とした冬の欅の木を下から見上げたような、空一面に無数の枝が網の目のように広がってる絵だった。
枝は黒の濃淡と線の太さだけで描き分けられてる。
「これ…ホントに独りで描いたのか?」
枝の隙間から覗く空はキャンバスの白そのまま残してる。
あれは曇り空じゃなくて、蒼い空だといいな…なんて訳もなく願いたくなる。
モチーフは単純。
でも、
枝が作り出す構図は複雑。
画家は空を覆う枝を見上げて、ただひたすらにスケッチを取ったんだろうな…。
――ああ、俺も。
またこんな風に何もかも忘れて、絵を描いてみたい。
黙って絵を見つめてた俺の隣で、じっと絵を見つめながら。
颯君が独り言のように言う。
「コレ、サトリ君が見たら、如何感じるのかなぁって思って。――俺絵とか全然語れないけど。コレが凄いってことだけは解る気がするんだ。見たら何だかこう。胸がぎゅ、ってなるっていうか…」
――ダメだ。もう目頭が熱い。
俺は涙を振り切るように何度も頷いて。
「――うん。解るよ、颯君。俺今…すっげぇ泣きそうだもん」
この感覚を、俺は知ってる。
俺も没頭してモノ作ったり描いたりしてるとき、こうなるから。
独りになりたい筈がふと、誰も居ないアトリエで切なくなって。
切なさを振り切ろうと更に集中を保とうとするのは、孤独を楽しむ儀式みたいなもの。
でも。
――大概それは失敗する。
孤独を楽しむなんてカッコつけて、本当は俺の場合、誰かが隣に居ない事を取り繕う言い訳だから。
純粋に絵を描く事を楽しめてない事を改めて気付かされたら。
目の前の絵と画家が『オマエはこっちにはたどり着けないよ』と笑ってるようで。
口惜しくて堪えてた涙が頬を伝うのが解った。
俺が絵を見つめたまま、黙ってその場から動かないから。
「――…サトリ君?」
流れるままにしておいた涙を颯君に見られた。
「大丈夫!?」
っておろおろして鞄をひっくり返す勢いで探って、拭くものねぇし!なんて小声で騒いでるから。
「何でもないよ」
袖口で乱暴に涙を拭う。
俺の心を見抜いてるとはとても思えないけど。颯君が無意識にこの絵を選んでたとしたら。
怖いくらい俺のことわかってるんだって。
少しだけ孤独が。
和らいだような気がした。
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