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囁く様な颯君の声。
「サトリ君。――この人形、生身の人間よりリアルだと思わない?」
薄暗い展示室はやっぱり二人しかいないけど。
俺も何故か囁いて返す。
「うん何か。怖いくらい――綺麗だ」
俺は目の前で動き出しそうな、生きているとしか思えない人形から目が離せなかった。
「平家物語にも出てくる、若い公達の『平維盛』が、後白河法皇の誕生日祝いに『青海波』っていう踊りを献上してる場面なんだって」
――『青海波』だから衣の此処の青は海。此処の白は白波で。緑色の衣も実は波模様を織り込んであって。刺繍で夕波千鳥を飛ばしたりしてちゃんと海に関係させてるんだよ。とまた丁寧な解説をしてくれる。
俺はそんな大層なことは覚えられないから、見たままの感想を言うしかないけど。
「海の衣装なのに――冠に桜が飾ってあるんだ…」
「そうだ、サトリ君」
颯君が人形の顔が良く見える角度に俺を手招きするから、並んで覗き込んだら、
「此処から初めて見た時にさ」
頬から顎のなだらかなラインとか。
すうっと通った鼻筋とか。
伏せた時の瞳の形とか。
――なんて、指差しながら次々にパーツを挙げて、
「薄く開いてる唇とかね?――サトリ君に似てるなって…思ったんだ」
大好きな声でそんなこと囁かれたら、俺はまた勘違いしそうだから、必死で返事を探す。
「それってさ――俺が何時も口が半開きだから似てるって事?」
颯君は茶化した俺の答えを完全スルーして。
「冠に桜が添えられてて。何だか俺も一緒に居るみたいな気がしたから」
――だから俺この人形、凄く好きになったんだよ?
ダメだって。もうこれ以上、颯君の事好きになったら、俺困るんだよ。
あの時拒まれた時の喪失感を、繰り返したくないんだ。
「――何言ってんだよ、俺こんなに綺麗じゃねえし…」
颯君は置いて行かれた子犬みたいに首をちょっと傾げて、困ったような顔をするけど。
「どうして自覚がないのかなあ。サトリ君は――凄く、綺麗だよ?」
ちょっとこの人形より日焼け気味だけどね、って。
無くなっちゃうんじゃないかってくらい目を細めて、俺の大好きないつもの笑顔をくれた。
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