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「――サトリ君。ご飯食べに行こうか?」
閉館のアナウンスが流れるまで、静かな館内を二人で見て回ったけど。
あんなに饒舌だったはずの颯君が。
桜梅の少将を観たあとから急に話さなくなったのは俺のせいかも、なんてずっと考え込んでたから。
他の作品どんなの見たかなんて全然覚えてなくて。
颯君から声をかけてくれて正直ほっとした。
「おう!俺もう、腹減って何見てもよくわかんないや…」
颯君は静かな館内で声を殺して笑いながら、
「だめでしょサトリ君。『作品が可哀想』だよ?」
「しょーがねぇだろ。こんな静かなトコロで腹ぐぅぐぅ鳴らしてたら恥ずかしいって。俺すっげぇ緊張して回ってた」
颯君が黙り込んで気まずいのもあったけど、腹が鳴りそうで腹筋緊張しっぱなしだったのもホントだから。
こんな自分にガッカリした。
颯君はそんなダメな俺にも、
「はは!俺しか聞いてないから大丈夫だって。――じゃあサトリ君、ご馳走するから行こう?」
って、励ましてくれる。
この近くにね、小さいんだけどキッシュとタルトタタンが美味しいお店があるんだよ。
――って連れられてきた緑の屋根の小さな一軒家のビストロで。
俺は恥ずかしいのと緊張とで、勧められるままワイングラスを何杯も開けて。
店を出る頃には、ジャケット脱いでTシャツでも寒くないくらい身体が火照ってた。
風が強く吹いてて俺には気持ちいいくらいだったけど、颯君は、
「ダメだってサトリ君!風邪引いちゃうからちゃんと上着着て」
慌てて甲斐甲斐しく俺にジャケットをかけながら。
「――しょうがないなあ。じゃあ、酔い覚ましにお堀端散歩しよう?」
今度はしっかり離さない様に。俺の手を握ってくれる。
「颯君の手。冷たくて気持ちいい」
ちゃんと繋いでてくれよって。
酔いも手伝ってくれたから。俺は今度は素直に言えた。
「じゃあ――これで…いい?」
颯君は俺の手を離さないように、指を絡めて繋ぎなおした。
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