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辿り着いたのは、人が来ない公園内の一番奥の方にある、幹が独りじゃ抱えきれないような大きな一本の桜の木の下だった。
「――驚くよね?街灯なくても、桜の花の色だけで、此処の下、こんなに明るいんだ」
雨が降る手前くらいの空模様なのに。
颯君が言うとおり、この桜の木の下だけ、少し明るい気がする。
それに、景色が桜色に霞んで何だか夢心地になった。
「覚えてる?――サトリ君が俺に、好きだって言ってくれた時。――5年前だったかな…――俺、本当は凄く嬉しかったんだよ?」
はにかんだ横顔でサクラを見上げながら颯君は言う。
『どうしてあの時そう言ってくれなかったんだよ』
――なんて聞けるわけが無い。
だって。
はらはら舞い散るサクラの花弁が、颯君を包みこんで。
風を纏ってそのまま、今にも何処か遠くへ行ってしまうんじゃないかと思った。
俺は引き止めたくて、必死に声をかける。
「――なあ、颯君」
「なあに?」
「――俺やっぱり、今でも颯君のこと、こんなに好きで…好きで。もう、どうしていいか解んない時があるんだ…」
颯君はサクラを見上げて佇んだまま。俺の言葉を言葉少なに静かに聴いてる。
「――うん…」
手を伸ばして、逃れようとするサクラの花びらを追いかける君を。
更に俺が追いかけて。
「これからも、ずっと好きだよ」
やっと指先で頬に触れたら。
ワインを飲んだときとは違う熱を、身体に感じる。
幾ら回りより明るいって言っても、
サクラの下では手で颯君の表情を探るしかないんだ。
颯君の頬は、夜風で少し冷えてた。
「ん…」
俺もサトリ君のこと、すきだよ…。
「ほんとに?」
「ホントだよ?」
――って。颯君の唇から零れた言葉を、キスで確かめる。
すこしひんやりした唇は。吸い付きそうなくらい柔らかくて。
触れた瞬間、颯君の身体が怯えるように震えたけど。
逃げないでそのまま居てくれたから。
大丈夫だよ、って想いを込めて唇もカラダも温めてあげたくて。
俺はサクラ舞い散る風ごと颯君を抱きしめて。
そのまま深く、深く口付けた。
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