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目の前が──赤く染まる。
村全てを包み込み煌々と光る紅に。
木製の民家は轟音と黒煙を上げながら崩れ落ち、その火花が草木に飛び火し燃え広がっている。鮮やかな紅がベーベル・タウンを包んでいた。
そんな燃え盛り崩れ落ちる民家の前に一人、小さな少年は呆然と座り込んでいた。状況を理解出来ていないのか、こてんと首を傾げる。
そのまま首を下へと傾け、腕の中で力無く目を瞑る母親カリアを見る。そして、口から流れる赤い液体を拭い、震える手で頬に触れた。
凍り付いたように冷たく、硬かった。
血がもう通っていないのだ。
突き付けられる、死という事実。
柔らかく温かかった体が、自らの腕の中で徐々に硬く冷たくなっていく事に、血が滲むほど唇を噛み締めた。
そのすぐ目の前。樹齢何十年を越えるだろう大木には、凭れるように父親ウィリムが息絶えていた。彼の胸には巨大な水晶の剣が突き刺さっている。
少年は苦渋に顔を顰める。数時間前、ベーベル・タウンに魔獣が襲撃してきた。数匹程度なら度々あるのでまだ対処ができた。
しかし、その時に襲撃してきた魔獣の数は、村の人口を優に超えていた。対処しきれない数に成す術もなかった村人達はそのまま──。
少年はカリアに小屋の中へ閉じ込められ、外に出る事はできなかった。暫くして外に出てくるとこれだ。少年たった一人を除き、村人達は死んでしまった。
勇敢に立ち向かっていってくれた両親の剣戟や怒号や叫び声も徐々に聴こえなくなって、気付けば自分の息遣いのみが小屋に響いていた。
それからして漸く出られた時には、もう両親は血の海の中。無惨にも殺されていた。青白い顔に赤黒い血。子供ながらに生きてない、とすぐ悟った。
何とも言えない孤独感と虚脱感、喪失感に心を埋め尽くされ、苦悶の表情を浮かべた。だが、涙は流れなかった。
痛哭したいほどの深い深い絶望の中にいる筈の少年。別に涙を堪えている訳でもないのに、彼の目から涙という液体は出てこない。
少年の涙の代わりをするように、雨がどこか寂しげに降っていた。その雨に打たれながら、少年は空っぽになった心で思う。
何でこんな事になってるんだろう。
何で両親が、皆が死んでる?
何で自分は──何もできなかった。
脳裏に浮かぶのは自分を責める言葉。大切な人が殺されるのをただ黙視していた自分への責苦。それしか、出てこなかった。
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