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今日もいつもと何も変わらない朝だった。いつも通りに起き、朝食を取り、悪戯して、怒られて。平凡だけど平和な日常。
いつもだったらこのまま何事もなく、またいつもと変わらない朝を送れたはず。送れたはずなんだ。それなのに、それなのに。
それはもう叶わない。
叶えようがない。
叶えたくても、叶えられない。
時には優しく、時には叱咤してくれたアルおじさん、エミーおばさん。共に悪戯して怒られたユヤにゴーシュ。
村の皆──父さん、母さん。もういないんだ。その現実は耐え難く、僅か五歳の少年の心を引き裂くには十分であった。
誰のせい?
自分のせい?
──あいつのせいだ。
あの男が来なかったら、こんな事にはならなかった。あの男が来てしまったせいで魔獣が現れ、両親達は死んでしまったのだ。
長い前髪で光を遮られたか真紅の瞳に、確実に読み取れる憎悪が浮かび上がる。それは自分とあの男に対する憎悪。
自分は何もできなかった怒り。
村人全てが殺されたという悔しさ。
それらが体を縛り付ける。
あまりにも苦しい縛り付けに体は小刻みに震え出した。暴れ出そうとする感情を必死で抑えようとするが、言う事を聞いてくれない。
「憎い……っ」
ぽつりと呟いた「憎い」という単語。呟いた瞬間、心の中で黒い渦が生まれた。その渦は、彼の憎悪を更に駆り立てる。
狂ったように「憎い」を連呼すると、その度に黒い渦は比例するように増大していき、小さな胸を埋めていった。
その時だった。どこからか翼を羽ばたかせる音が聞こえてきた。音は段々と大きくなり、こちらに近付いてきていた。
この音に聞き覚えがある少年の心臓がはち切れないばかりに脈打つ。これは間違いなく、竜が翼を羽ばたかせる音だ。
そして、真後ろで翼の音が消えた。
反射的に振り向くと、そこには、
「お前……っ!!」
あの男がいた。
体全体を覆う漆黒のマントを羽織り、銀色に輝く竜のしなやかな背中に跨がっている。
口も鼻もマントに隠れてよく見えないが、体格の良さからして男だと把握できる。竜がゆっくりと下降し、地面へと降り立った。
少年は鋭い目つきで男を睨む。しかし、男は動じず、睨む少年をどこか悲哀を含んだ空色の瞳で見つめ返すだけ。
それでも男を睨み付ける少年。母をゆっくりと地面に寝かせると落ちていた父の剣を手探りで掴み取る。
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