プロローグ

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「おまえが父さんと母さんを……みんなを……っ!! 返……せ……返せよぉ!! みんなを返せぇ!!」 怒りに震える体を止めようとしながら声を荒げて叫ぶ。言っても無駄だと理解している。それでも皆の敵討ちをしなきゃ、気が済まなかった。 だが、男は表情一つすら変えず、ただ少年を見ているだけ。その余裕ぶった態度に腹が立ち、剣の柄を力強く握り締めた。 重たくて簡単には振れないなどという考えは浮かばなかった。すると、男はそんな少年を見つめながら徐に口を開いた。 「……いずれ世界は終わりの時を迎える。お前は……それまで生かそう……」 剣を構え、警戒している少年にそう言い放つ。突然の男の言葉を理解できず、少年は混乱した。唖然と男を見る。 その時、男は太い手綱をグイッと引っ張った。攻撃かと剣を構え直すが、銀竜は翼の付け根を動かし曇天の空に飛び立った。 小さい短躯は銀竜の翼を羽ばかせる風圧で、後方に飛ばされる。水溜まりに背中から落ち、泥塗れになった。 そんな少年を一瞥した後、竜と共に飛び去っていった。呆気なく、男は消えた。呆然と空を見る。 空を見ながら思うのはただ一つ。 ──何もできなかったという悔恨。 大切な人達を守れなかった。敵を目の前にして、一歩も動けない。弱い。仇も討てない。何も、救えない。 怯弱、意気地無し。 腰抜け臆病劣弱。 結局、自分は──。 急に耐え切れない悲しみが込み上げてきて、何かが目から溢れ、つうっと頬を伝った。咄嗟に指で掬う──涙だった。 現実を受け止めた瞬間、涙は拭いても拭いても止めどなく、頬を伝っていった。込み上げてくる絶望感、孤独感。 様々な感情が混じり合い、何とも言えない虚無だけが心の中を支配した。初めての感情に動揺する。 自分の両手を見る。先程までカリアを抱き抱えていた両手には、粘つく真っ赤な血がベッタリと付いていた。 「う……ぅうああ……ぁ……あぁあぁぁ──っ!!」 今までの感情を全て吐き出すように、絶叫しながら泣き崩れる。悔悟、愁嘆、絶望。全ての負の感情が生まれては弾けていく。 もう二度と死んだ村人達、両親には会えないこと。どんなに願っても祈っても死んだ人間は生き返らないこと。 理解してしまった重くのしかかる感情を吐き出すために、声が枯れるまで大声で泣き叫んだ。この雨が止むまで、ずっと──。
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