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それはまるで天使の様だった。
その一瞬は永久のごとくあまりにも長く思えた。
これからの生涯、私はきっと忘れないだろう。…いや、忘れる事などできはしない。
あの時、目の前に飛び出してきた影は確かに私を見た。
少しずつ私を支配していったのだった。
そして次の瞬間、瞬きをする間も無く反動に押され体は前のめりに倒れる。
あれは一体何だったのだろうか。もしかして、人を轢いてしまったのか?
仕事を再開するよりも先に、感じたのは人に傷害を与えてしまったかもしれないという不安だった。
動揺しうるさい程響く心音を少しずつ抑えた。
大丈夫、轢いてはいないはずだ。
ふわりと滑らかに飛び出した影、ブレーキ音、急停車による反動……
そうだ、人を轢いた感覚は無かった。きっと生きている。
だが、あの影は何だ?
人…であるのは確かだが、どうして形がはっきり見えなかったんだろうか。
顔を上げて体を起こした。
外に目をやると、心配そうにこちらを覗き込む人だかりが見えた。
こっちは大丈夫だ。どうか線路に落ちた人の救助を……
声が、出なかった。
居たのだ。私を見つめていたあの影が。
線路に落ちたはずなのに一体なぜ…。
体温は恐ろしい程に急低下し、冷や汗が出た。
影は私を一直線に見つめ、何かを囁いた。
私は震えが止まらない手をきつく握りしめ、ただその影を見つめた。
許してくれ。仕方が無かったんだ…。私にはああするしか無かった…。
許しを請う願いは届いたのか、届かなかったのか。
それとも願いすら蔑まれたのか…。
その行方は、今もまだ分からないままだ。
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