第一章 「哀愁」

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彼は稀に見る秀才だった。 例えば清香さんが俺と境弥に知恵の輪を渡せば、境弥はたった一分あれば解いてしまうだろうし… もし数学の問題集を手渡しても、俺が数問目で頭を抱えている間に境弥は数ページは軽く終わっているだろう。 境弥はあまり努力をしなくても、まるで答えを知っているかのようにすぐ習得するし、かといって秀才らしく周りに振る舞うわけでもなく評判のいい爽やかな好青年だった。 身長も体格も対して変わらないくせに、笑い方や性格は全く違う。 目立ちたがり屋で木登りをしたり虫取り網を振り回してばかりだった俺とは違って、境弥はいつも本を読んで勉強していた。 だけど俺にとってはかけがえのない双子の方割れ、弟だった。 だから似つかなくてもちょっとしたイタズラをする時はいつも一緒だったし、どちらかが思い立った家出は片方に理由がなくても二人で決行した。 だけど、俺はあの時境弥と一緒に居なかった。 当たり前と言えば当たり前だけど、やがて成長した僕らは双子でも体格や経歴は違ってくるし、少しずつ距離は離れていった。 当時俺達はまだ中学生で受験生というフレーズにいたけど、俺は遊び回って塾は嫌々通って…境弥はいつもどうり、すんなりと高校も合格するんだと思ってた。 やんちゃだった俺の方が少ししっかりした体つきで身長も高かったわけだけど、でも、それでも、この受験が終わって高校生になって新しい生活が始まれば境弥の成長もきっと俺に追いついて、距離もまた埋められるんだと思ってた。 自惚れていたんだ。 俺達は少しの差があっても、また同じ場所に戻れると。 昔、境弥が出来損ないの俺と一緒に居てくれた様に、また二人で一緒に笑いあって背比べをして、服や靴を着まわしたりできるんだと。 境弥が居たから、俺が居たんだ。 まるで隣を見れば鏡があるように。 自分とよく似ていて、そして決して同じではない境弥が居る。 だから俺は今まで生きて来れたんだ。 境弥が輝かしく、誇らしかった。 自慢の弟が高く這い上がっていくのが、俺の生きがいだったと言ってもいい。 だけど、今はどうだろう。 境弥がいなくなった今、俺の生きる意味は何なのだろうか。 境弥が行方不明になった。 それは俺の足首を掴み泥沼に引きずり込むかのように、酷く恐ろしい事実になった。 ――――――……。
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