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そのとき、ふと思い出した。
《そうだ》
「なんです? 大家さん」
ペダルに足をかけ、まさに今漕ぎだそうとしている大輔が上を向く。
《零から伝言だ。携帯を見ろと》
零の名前が出て桜が顔をしかめたが、そんなことはもう慣れっこだ。とりあえず言われた通り、携帯を探す。
確か充電は終わっていたから充電器にはささっていない。ベッドにもないから、あとは机の上か床。
「ああ、あった。療、そこにある携帯取ってくれ」
安全を考慮して足はペダルに固定するような作りにしている。ベルトなのでハズそうと思えば数秒なのだが、一度足を乗せると外すのは面倒だ。療は四つん這いで携帯を取ると、大輔に手渡した。
「お、メールが来てる。ゴタゴタで気づかなかったんだな。
……愛からだ」
「愛ちゃん?」
「ああ。えっとなになに……
『今家電量販店に来てます。
大変です。なにかの記念セールだそうです。当たりました。30万円分の商品券です。
扇風機、並びにエアコンを一人一つ買いました』
……だそうだ」
春夏秋冬 愛は興奮しているのがメールを見ると手に取るようにわかる。短い分の羅列だったが、簡単に言うとこうなる。
家電量販店で買い物をしたらなにかのセールだったらしく、30万円分な商品券が当たった。だから一人一つ扇風機とエアコンを買った。
《なるほど。零はこれを言いたかったのだな》
メールの受信時間は桜が扇風機を作ると言い出す前だ。もしこれに気付いていれば、と誰もが思う。
なぜだろう。あれだけ輝いていたものが今ではくすんで見える。あれだけ気持ちよかった汗が、今では不快にしか思えない。
「…………大輔」
「…………なんだ」
「…………今すぐこのゴミを消して。あと、今まで使った時間を戻して」
「…………時間は無理だ。諦めろ」
下でドアが開く音がした。そして愛の元気な「ただいま」が聞こえる。
だが、暗くてジメッとした部屋の中でそれを返す余裕のある者は誰一人としていなかった。
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