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開きかけた療の口にかき氷を突っ込む。
咀嚼する療に、そっと耳打ちした。
「あとで療の部屋にもやってやるから、秘密にしてくれ、な? 全部屋はさすがに無理だし、疲れるし」
賄賂変わりにかき氷を一口プラス。療は大口を開けてそれを飲み込んだ。
よし、これで秘密は守られた。
大輔が内心でほくそ笑む。妄想の中でガッツポーズを天高く掲げた、ときだった。
ガンとバンの混ざったような音がして、大輔の部屋の扉が開かれる。
ドアの向こうに仁王立ちしていた少女は、この世のものとは思えないほど美しかった。いつもは冷たい雰囲気を纏っていたはず少女は今、真っ赤に燃えたぎるオーラを背中にしょっている。療よりも遥かに効果的な怒りの出し方を心得ていた。
「へぇ……魔術師ってそういうこともできるんだ」
少女はうつむいたまま、ぼそりとつぶやいた。
「今までそれを隠していたってわけね、ふーん」
隠してたわけじゃない。大輔の思いは口に出せなかった。
変わりに別の言葉が口に出る。
「どうやって知ったのかな? 桜」
百鬼 桜は微笑を浮かべながら答えた。
「この家はね、秘密ができないようになってるの。常に監視体制にあるのよ」
あ、と大輔が天井を見上げる。忘れていたわけじゃない。ただ、過信していただけだ。大家さんなら見逃してくれると。
「大家さん!」
《すまん、大輔。だが、しかたかったのだ》
しかたかった? 桜に脅されでもしたのだろうか。
《我はな、どうしようもなく退屈だったのだ》
「つまりは暇つぶしのために俺を売ったんですね」
大家さんは答えない。
ゾクリと背筋が凍えたかと思うと、桜がすぐ近くに立っていた。さっきまで療がいたはずと思いきや、療は部屋の隅でガタガタと震えている。
「えっと、桜」
「なによ」
大輔は迷っていた。どちらの言葉をかけるかで悩んだ。頭の中にある選択肢は2つ。どちらの言葉にするかで、桜の対応が変わるはずだ。
大輔は慎重に言葉を選び、実行した。
かき氷を崩し、
「ほら、あーん」
桜の視線がギロリと大輔を射抜く。
どうやら選択を間違ったらしい。
やはりもう片方の『ドアを開けるときはノックしような』にするべきだったか。
後悔しても、もう遅かった。
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