Ⅰ始まりの祝詞

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 秋の夕方の風が頬を凪ぐ。  アンセルムはいつも通りの仕事を終えていた。    落ち葉を箒ではき、枯れた花をとり切り揃えて、草を刈り、自分自身で作り上げた楽園を鑑賞する。    最高の日々だ。今まで味わったことのない感覚で。    何より街の雰囲気が彼を一時的に止どめさせた。    正常でない魔性の帯びた何かを持ち、それを何かで隠そうとする力と力がぶつかり合い。ここまで異様な街は他にあろうか。      アンセルムが座るベンチからはリコリス、彼岸花が見える。    赤いもの、白いもの…一種類だけではない。様々な地域からもって来た。    アンセルムはこの花が好きだった。    『また会う時を楽しみに』という花言葉、天上の花。海の神の名を持つ一方で死を意味する。    何と言う皮肉さか。     「……わざわざ時期外れの花を咲かして何が良いのか、俺には分からんな」    低く、だが流れるような声がアンセルムの思考を遮った。    寄ってきた漆黒の影にアンセルムは目だけを彼に向ける。影は彼の望む人物だった。   「待ってましたよ。フィンセント・ファン・ウィズダムさん」    真っ黒いカソックに身を包み、麗しき悪魔の美貌を持つその影は先ほどまで子供達と戯ぶれていたあのフィンセントだった。    しかし今は先程の印象からかなりかけ離れていた。  一言で表現するなら“鋭い”。アクアマリンの瞳は、優しさというモノを忘れ、研ぎ澄まされた刃物の冷たい印象を与える。    優しい笑顔よりも冷笑が似合う…そんな感じだった。
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