Ⅰ始まりの祝詞

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 人間世界崩壊から一体どれぐらいの月日がたったのか。    膨大な時間が過ぎたことだけは明白だが、人間はそのようなことを覚えている時間も余裕もなかったらしく2000年と推測されるが、信憑性は無いに等しい。    人々は実を縮めて毎日を生活している。  旧支配者が一人“クトゥルフ”という存在に恐れ慄き、身を縮める日々を。      クトゥルフは地球に住む人類から最も恐れられている旧支配者。星辰の位置がずれたためにその力を失い、南緯47度9分、西経126度43分の南大平洋にあるルルイエにて長い眠りについていたが、星辰の座が正しい位置に戻ってしまったが故に復活を果たし、再び地球の支配者になった。神の如し力で人類を圧倒し全てを恐怖のどん底にたたき落とした。  それに伴い、人類は全て殺戮される・・・はずだった。    だが、クトゥルフがもたらしたのはよりによって人類の延命。    大半の者が人類滅亡をそそのかしていたが、よりによってこの結果となった。    最高の方法で殺戮を繰り返していた“彼ら”も、いまや彼らの本拠にして家にして大陸“ルルイエ”で不気味な静けさを保っている。勿論嵐の前の静けさというのも、ないわけではない。    何故彼らは人間を根本から滅ぼさなかったのか。中途半端に文明を残し、人間に生きる術を残して沈黙しているのか。    フィンセント・ファン・ウィズダムは街中を歩くたびにそのようなことを思っていた。    蒼い瞳と長い金髪、整った顔、長身細身。神が作り出したようなその姿はカソックの黒と合い、神秘さを引き立てる。鋭い瞳も、一切の音も発しない唇も、細部に徹まで芸術。
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