Ⅰ始まりの祝詞

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   今となっては前触れはどうでもいい。    取り敢えずフィンセントは子供たちから必要とされている。    それだけで今の彼は十分満たされていた。      子供達が飛び出して来た裏路地はフィンセントがいた所よりも更に細く、且つ複雑な構造をしていた。    汚物に塗れた石畳にはゴミと汚物が散乱し、白骨化した死体が横たわる。    人に見えるそれには溝鼠と蠅がたかり、烏が静かに狙いを定める。  そこから目を離すと端の方で見たこともない虫が複数で群れを成して巣くっていた。こちらに気が付き、霧散するその姿も気色が悪い。    靴によく分からないモノを踏み付けて、足を上げると粘着性の高い何かが糸を引いた。    表の世界からすれば別世界だ。    そんな腐臭塗れのこの場所も、純粋な子供達にとっては小さな冒険の舞台なのだろう。フィンセントに「これ、何?」としきりに尋ねてくる。  殆どが答えられる物ではない。色々な意味でショックな物の方が多く、真実を完全に伝えることは困難、いや、大人でも拒絶する。そのようなモノを子供にどう説明するか迷ったが、有りったけの知識と簡易表現でなんとか乗り越える。    いつの間にか子供が二人ぐらい増えている気がするが、いつもの事なので気にしない。  子供に囲まれ動けなくなることもたまにある。そう、たまに。     「フィンお兄ちゃん何でも知ってるね!」    一人が自分の疑問を解消出来た事に喜んでそう言った。 「あたりめーだろ、大人なんだからよ」    少年がまるで自分の事のように言い張る。   「えーーーでもママ答えられなかったよ!」 「俺の父さんは何でも知ってるぜ。この街で一番の物知りだって言ってたぞ!」 「フィンセント程じゃないくせに!」 「そ、そんな事ないぞ!」 「あるもん!」 「ないぞっ!」 「ほら、喧嘩しない。仲良くね。じゃないと悪魔さんが来て怖い所に連れてっちゃうよ?」  フィンセントの言葉は彼が教徒だから出た言葉ではなく、ましてや自分の事でもない。 現実だ。  
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