テレビの消えた日

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「わすれものは?」  すると、彼女が僕の後ろをとてちてと付いて来て、ワイフのようなことを言い始めた。  僕はできる限りの平静を装い、当たり障りのない返事をする。 「大丈夫だ。出かけるときに身に付けるのは靴と財布ぐらいだからな」 「くつとさいふだけ。ろしゅつきょー・・・へんたいなの?」  何ですと!?何だその不名誉な曲解は!彼女の中で僕は一体どういう人格を有しているんだ! 「そういう意味じゃねえよ!どうせ携帯も使えないから、靴履いてしまえば後は財布ぐらいしか持つものがないの!」 「・・・・・・おべんとは?」 「手紙出して来るだけなんですけど!?」  あ、がっかりした顔になった。最近になって彼女の感情の機微がわかるようになってきた。いや、表情自体はコロコロよく変わるのだが、あまり自分のことを多く語らないのだ。そのため最近まで感情が薄いのかと思っていたのだが、甘え下手なだけらしい。むしろ薄いどころか、豊かなぐらいである。いつも目を合わせてくれなくて気付けなかったが、今もよく見れば目が潤んでいる。  そんな彼女に気付けたのはこの前、買い物の帰りに公園で遊んでいた彼女を発見したときだった。一人でシーソーの片方に座り込み、動き出さないそれに不満げな視線を向けていた。僕はやれやれと思い反対側に座ってやった。一瞬ぽかんとしてからの、今まで見せたことのない彼女の笑顔を覚えている。その後、公園にある遊具巡りに引っ張りまわされたのだ。 「あ、そっか・・・」  そういえばあの帰りに、今度は弁当でも持ってもっと大きな公園にでも行くか、って約束してたんだ。なるほど、最近僕が玄関に近付くたびにこちらを気にしていたのはそれが原因だったか・・・  彼女はとぼとぼと部屋に戻って行こうとしていた。  朝飯食ったばかりだし、まだ昼までは長いな・・・まあ、店くらいならどっかやってるだろう。財布を開けて中身を確認する。材料代ぐらいはありそうだ。  気を抜くと裸足で出て行こうとする彼女のために靴を出す。 「ほら、いくぞ」 彼女が小さくこちらを振り向く。 「まだ昼間では時間があるから、手紙出すついでに弁当の材料を買いに行こう」 「・・・・・・・・・んっ」  彼女が浮かべたのは、めずらしく人懐っこい笑顔だった。
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