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しかし、いずれにせよ全てが今更である。一度嫌悪したものを再び好きになれるほど高瀬は寛容ではないし、その心のほとんども既に河井に傾いていた。藤原もまた、ここまで言い合いをしてなお、関係を修復できるとは思っていない。
それでもなお藤原は何かを言おうと口を開いたが、自身のその聡明さのために、どのような問答も解決の光明にはならないと察せられ、一つたりとも言葉は出なかった。
彼女の姿は後に思えばあまりにも惨めだったように思う。もし高瀬が、藤原は得難き女、自分には不釣り合いで勿体ないという意識の一切を排し、彼女と対等に言い合いをする姿勢があったならば、また別の結果があったのではないかとも思う。
後日、結果から言えば数週間を経て藤原は持ち直し、同性の友人らのグループに帰って行った。しかし、いつまでたっても居心地悪そうにしていたのはおそらく高瀬との時間ばかりを優先し一緒に過ごしていたからだろう。かつて藤原が友人づきあいを再開しようとしたのは、自身が今まで元の友人らをないがしろにしてきたことを省みてのことだったのかもしれない。
ところで高瀬は河井とも関係を断つことになる。というのも、藤原と別れて以来何事も面白く感じられなかったからである。趣味嗜好が同じであるためか「デート」の行先はいつも同じであるし、興味があったとはいえ小物集めを趣味にすることができなかった高瀬は以前より河井と過ごす時間を楽しむことができなかった。脳裏にはいつも藤原の影があり、しばらくして高瀬は連絡をいれないようになってしまった。
河井からは何度もメールと電話が来た。
『忙しいのかな。大丈夫? 無理しないでね』『メールの返事、無理しなくていいからね。暇になったら一緒に出掛けたいな』『今日も一日お疲れ様。早く会いたいね』
河井はいつも遠慮がちで高瀬の都合や体調ばかりを気遣った。「会いたい」くらいのことは言っても、返事の催促や、会える日を決めろだとかそういったことは一切せず、ただ大人しく待っていた。高瀬にはそれがこの上なくつまらなかった。そして河井がつまらない女だと感じた瞬間から一気に興味も失せてしまったのである。
結局のところ、女とは高瀬には縄のようなものである。多少の締め付けこそが心地よく余計な束縛は面白くなく、また自分を縛ろうとしないものはまた楽しくもなんともない。
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