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高瀬は、彼女がこのような人だったとは……と最近になって思い悩むようになったのである。付き合い始めたころは随分おとなしいような印象を受けたのであるが、付き合いが長くなるにつれてお洒落の度合いは増していき、性格も快活に、いや高飛車になっていった。この高飛車が高瀬の性分といたく合わないでいた。
先にも述べたように、藤原は見た目よく、最低限履修している講義では好成績を修め、両親が共働きのために家事をもそつなくこなす。高飛車に「せっかくの大学生活なんだから人間関係を広めるために遊ぶほうがいいじゃない」「彰は頭が固いわよ。社会は水物なんだからもっと柔軟な姿勢でいなきゃならないわ」と、なにかにつけて高瀬に苦言を呈するのである。内容はもっともなものばかりで、反論にも時間の限り応じるとも前置きして主張する。とはいえ元々弁の立たない高瀬が反論を試みようにも、やはり「勉学勉学言うのに基礎論も制度論も単位落としてちゃ説得力ないじゃない」という一言により言い負かされるのである。
藤原は気の強いという他は文句なしの才色兼備なのである。しかし、それこそが高瀬には耐えられなかったのである。彼女は自分の聡明を自認しており、これを高瀬にも求めるのである。ここしばらく彼女のことを考えるたびに憂鬱になる。高瀬は恋人、というものがこんなにも窮屈で面倒くさいものだとは想像もしなかった。いつも彼女と顔をを会わせると御機嫌伺いをしている。肩がこる。高瀬の心中には湿気を帯びたもやもやとした何かが立ち込めている。
沈んだ気持ちを振り払うように高瀬は窓の外から視線を戻し、講堂内を見回した。不意に黒い塊が視界をかすめた。高瀬の左後ろの席に見覚えのある女学生が座っていた。黒い髪、手入れをまともにしていないのか、波打ちほつれ、湿気を吸ってか膨らんでいる。服は黒いダウンジャケットに黒の縦縫いセータ、黒色のジーンズという出で立ちで、いまどきには珍しく鉛筆でノートを取りつつ、黒板と講師とを注視している。
彼女は河井日菜という名の女学生で、ほかの必修科目で高瀬と合同発表を行ったため一応の面識のある女性である。一応と断ったのは合同発表の準備においては事務的なやり取りのほかはなく、私的な関わりを一度たりとも持っていないからである。
――声をかけてみようか。
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