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かくして高瀬と河井は週に一度、二人して「お出かけ」する仲になった。藤原がアルバイトの日を縫って、高瀬は河井に約束を取り付けた。河井はこれによく従った。「お出かけ」のことで話があるんだ、と声をかけるとその度に河井はあの笑顔を高瀬に見せてくれた。高瀬はこの心地よい関係を作りえたのは一にも二にも自分の手腕の賜物だ、と納得していたが、その実際はよくわからない。
ともかくも、今まで知り合い程度であった二人の間柄に大きな変化が訪れたのである。この浮気未満不倫以上の関係はつつがなく保たれた。もちろん藤原に対して高瀬は今までと変わらぬ態度で接した。
「最近、やたらに上機嫌ね。なにかあったのかしら」
下校の道すがら藤原が高瀬に尋ねた。高瀬は表情になんら変化をきたすことなく「冬が近いからね。冬が好きなんだよ」とだけ答えて見せたが、内心ひやりとしていた。彼女はやけに察しがいい。相当の注意を払わねばならぬ、と改めて思うのである。しかし、高瀬には彼女の勘の良さを、かえって楽しもうとする趣さえあった。胸、高鳴る。自分の役者ぶりを楽しんでいたのである。藤原と河井との板ばさみのこの状況が大いに楽しいもののように感じられてならなかったのである。
――僕は異性にスリルをこそ求めているらしい。この心地悪くない。
ある時、高瀬はまた一つの覚悟を決めた。河井と手をつなごうと思ったのである。彼にとってこれは一つの境界であった。手を繋いでしまえば、もはやただの友達では済まない。今までは心境は別としても体面の上では「異性の友人と出かけている」ということでしかなかったが、この境界を越えれば特別の感情があることを示すこととなる。
後日、高瀬と河井との「お出かけ」で、二人は池袋にいた。池袋、新宿、渋谷あたりならば平日でも人通りが激しく、これを理由に手を繋ごう、と言い出すのが今日の高瀬の企みである。
「やあ、東京はすごいねえ。地元が横浜だけれど、横浜でもこんなにはならないよ」
「そうなの。私はちょくちょく池袋に来るから普通に感じるのだけれど」
失念していた。河井は都民だから「はぐれないように手を繋ごう」と言い出すのは不自然である。失敗だ。面白味のない、いつもの「お出かけ」に成り果ててしまう。高瀬、心中の舌打ち。
「じゃあさ……手、繋ぐ?」
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