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こうした駆け引きさえ高瀬には心地よかった。眉を八の字にして自分を伺う彼女を心底いとおしく感じるのである。藤原はといえば、「履修科目の過多は自分の選択したことなのだから心配する余地なんかない」という全くの正論で高瀬を迎える。彼女の言うことはいちいち正論だ。だから談義の余地はなく、いつも惨めな思いばかりする。今となってはなぜ彼女と付き合っているのかさえ疑問である。いっそ彼女と別れて大々的に河井と恋仲になってしまおうかとも思った。河井の好意はいつも大いに感ぜられるのである。今思えば高瀬の誘いに乗ってきたのも、池袋で彼女から手をつなごうとしたのも、そのときから既に高瀬に対する好意があったためとも思われた。
一方で藤原からの好意は感じ得ない。確かに高瀬には不似合いな良い女ではある。しかし、藤原は自分のことなどなにとも思っていないのではと思うとますます苛立ちは募り、藤原憎しの念が強まっていく。
けれど高瀬は藤原に別れを告げられないままこの状態に身を留めている。理由もわからないままに。自分が彼女に何の未練を持っているのかさっぱりわからない。
未練というにはどうにも違う気がしてならない。河井とたびたび「デート」をするようになってから、「藤原と結婚したらどうなるか」ということをよく考えるようになった。生活をするに関しては何の問題もないように思えたが、仕事から帰る家に彼女がいることを想像すると陰鬱な気分になった。藤原珠希とだけは結婚できない、と強く感じた。ともすれば彼女とはいつか必ず決別を迎えるはずである。それが遅いか早いかの問題でしかなく、加えて、このまま二足のわらじが続くようではいつ河井との関係も破局するかもわかったものではない。
一つの節目を迎えたのは晩秋のことである。藤原が今後登下校を友人と行うと一方的に高瀬に告げたのである。このころになるといかに鈍感の高瀬といえど、彼女が自分に対して好意がないと結論していた。放課後に二人して出かけることも稀になり、昼食は各々で摂る。これを恋人というには相当の無理がある。高瀬は強く確信していた。
「君がそう望むのなら、もう別れよう」
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