一度目の終幕

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老人は紫の条件に迷うことなく頷いた。これが愛しい息子との今生の別れだと理解しながら、それでも躊躇うことをしなかった。 それはひとえにわが子の人生を一番に考えたから。死んでしまっては意味がない。もし、生きる事が可能な選択肢があるなら、それを選ぶと。例え、その結果私達が苦しむことになっても、息子の命に比べれば安いものだと老人ははっきりと言い切った。   ばあさんも必ずそれを分かってくれると、未だ目を覚まさない老婆に微笑みながらそう呟いた。   その姿を見て、紫はもう何も言わなかった。つられるように微笑みを浮かべ、ゆっくりと扇子を横に滑らせた。   その動作に連動して少年のを包むように地面が割れ、ゆっくりとその身体が沈んでいく。       ――――生きろ。バカ息子。お前と出会えてよかった。       少年の身体が完全に裂け目の中に沈み込み、跡形もなく消えた後、紫は老人に向かってこう言った。       「私は妖怪。いつも彼の味方であることはないかもしれません。けれど、約束しましょう。あなた達は今まで私が見てきた中で最高の親だったと――――彼に伝えることを」       ――――それが私のできる礼儀です。       と、言い残し彼女も姿を消した。   朝日が昇る。まるで新たな門出を祝うように。     少年の生涯は一度幕を閉じた。 しかし、数奇な運命は舞台を変えて彼を再び呼び戻す。   開演。ここから少年の二度目の舞台が始まりを告げる。
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