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その言葉を皮切りに俺は弾けるように駆け出した。
後ろで蠢く奴に目をくれる事もなく、ただ居間の開け放たれた扉から長い廊下へと飛び出す。
目指すはこの廊下を駆け抜けた先にある縁側。そこから中庭に出て、そのまま塀に向かって庭の中を突っ切れば家の門はすぐそこだ。
その後はまたその時に考えればいい。今はとにかくこの屋敷から抜け出す事を考えろ。
自分にそう言い聞かせ、俺はひたすらに足を動かす。
縁側まで全力疾走し、裸足のまま中庭に飛び降り、庭の岩や生け垣を飛び越え、狂ったかのように門から屋敷を飛び出した。
「はっ、はっ、はっ......!!」
門を飛び出して気が抜ける。膝に手をつき、肩をこれでもかと上下させる。
視線を屋敷に向ける。奴の姿はない。あの不気味な冷たい空気も感じられない。あの耳に障る生々しい音も聞こえてこない。
「追って来ない......のか」
再び言うが奴の姿はどこにもない。俺には奴がどういう性質を持っていて、どういった目的でこの屋敷に入り込んだかなんて分かるはずがないが、しかし、奴は少なくとも俺の事を追いかけては来ていないようだ。
理由はないが、そう思えてならないのだ。奴は俺を追っては来ない。そう俺だけは......
ふと思考が停止する。
俺は今何を考えた? 奴は俺を追ってはこない。
得体のしれない化け物であるがその目的は謎のまま。
しかし、俺を見るなり当然のように襲いかかってきた。そう、俺――――――人間を見てだ。
そして、目の前にいた人間はこうして逃がしてしまったが、あの家には人間は俺だけではない。
「......っ! くそったれが!!」
そう俺という目標を失った奴が次に狙うのは、この世界でたった二人だけ俺の家族。
気づけば俺は無我夢中で走りだしていた。
台所からずっと握りしめて離さなかった包丁を、固く握り直し、玄関の引き戸を乱暴に開け、靴も脱がずに廊下を疾走する。
ちくしょうが、ふざけるな!
心の中で叫びながら、角を曲がりまた走り出す。
あの二人は俺の恩人だ。
小さい頃右も左も分からず、ただ施設で塞ぎ混むように過ごしていた俺を迎えてくれた。
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