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ヒマリ君に知られても、ヒマリ君なら気にしないでしょう。
それも永倉さんですから…、とか言いながら受け止める馬鹿な娘なんですよ。
素直で、お節介で、頑固で、寛容で、泣き虫なのに強がりで、自分よりも人のことで…。
ヒマリ君はいつも、私たちを否定しなかった。
だから、私の解雇命令も聞き入れたんです。
窓から海へと目をやる。
白い波が押しては、後に残らず潔く引いていく。
私が貴女を嫌いになるわけ…ないでしょう。
それを言えなかった自分も、それを言わなかった自分も、私は後悔しません。
彼女は帰るべきです。
これ以上、ここにいてはいけない。
これ以上側にいたら、私は…。
「井上、堂々とよそ見とはいい度胸だな。
海を見て、詩でも考えていたか?」
地理の教官が机の横に立ち、私を見下ろしました。
怒っているよりも、呆れているような力の入っていない顔。
空っぽの人間が、中身のある学問を教えても意味がないと思いますけどね。
「…高みを」
「あ?」
「高い所へ行けば全てを見渡せて、天にも届くと思いました。
でも、息も上手く出来なくて胸も圧されて、高くなればなるほど苦しい思いをしました。
ならば、堕ちるところまで堕ちてやろうと、深い海底まで潜っても、苦しく暗く、凍てつくような孤独感からは逃げることが出来ませんでした」
教官のどんよりしていた目が軽く見開かれ、私は言葉を続ける。
「先生、先人に踏みしかれた平地を歩くことと、気高く厳しい山や海に挑むのとは、どちらが幸せなのでしょうか。
どちらが…私の追い求めるものが手にはいるのでしょうか。
それを考えていました」
言い終えると共に、涙をためた教官に手を掴まれる。
「よく言った井上!
お前は地理のことを、この世界のことを愛しているんだな!」
いえ、愛するどころか全くのでまかせですが。
「好きなだけ悩め、そして考えていいからな!」
教官を騙し、自由を手に入れました。
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