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私はただ俯くことしか出来なかった。教科書がないのだ。
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう――!!
数学の先生、白川は忘れ物なんてしたら半端ない勢いで怒鳴るのだ。『隣に見せて貰え』だなんて言ったら奇跡だろう。どうか当てられませんように!私は無我夢中で祈る。しかし――
「じゃー五十六ページの問い二の(一)を倉井、前に出て解いて貰おうか」
思わず目を見開いてしまう。私の祈りは通じなかった……。教科書がないので、問題が分からない。残暑厳しい九月だというのに、私の身体には冷や汗が伝った。身体が震える――。
いつまで経っても動かない私を見て、クラスの人達が笑い始めた。隣の席の男子が言う。
「おい根暗、早く前に出ろよ。当てられたのが分かんねぇのかよ」
教科書がないのに解ける訳がない。
「お前耳ねぇのか? 早くしろよ、授業進まねぇだろ」
無理だ。きっと隠されたんだな。
白川の方もしびれを切らしたのか、苛立った口調で言う。
「倉井、どうした。分からないのか?」
「……教科書忘れました」
「何だと!? 授業になってから言うな! やる気のない奴は廊下に立ってろ!」
やっぱり……。この白川には『忘れた』は通用しないのだ。クラス中が爆笑する。
「ぎゃははははは!」
「ぷぷっ、ばっかでー」
「ちゃんとバケツ持てよー?」
「あーはっはっは! だせー! あいつ絶対受ける気ないな!」
「一生廊下いればぁ?」
クラスの人達が心ない事を言っても、白川は何も言わなかった。所詮、学校側にとっても私は面倒な存在なんだろう。予鈴が鳴るまで私は廊下で一人過ごした。その時間がとてつもなく長く感じたのは、言うまでもない。
×××××××
放課後の体育館。館内には、音楽とダンスのステップ音だけが鳴り響く。しかし、その音が突如鳴り止んだ。男子が私を睨んでいる。
「お前やる気あんのかよ」
「え……」
「え、じゃねーよ! さっきの振り付け思いっきり間違ってただろ!?」
「でも資料の通りに……」
「変更になったんだよ!」
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