待の章

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花月はにこりと笑い、貴文に言う。 「人というのは、とても妖になりやすいものなんです。」 「な、なんで?」 「矛盾した生き物だから。」 「矛盾?」 「ええ。僕たちは常に二律背反の中で生きている。それはいいとして、楠原さんですが、彼が妖になる原因が原さんなんです。」 「そうか、分かった!」 貴文はぱっと立ち上がり、拳を握る。 「嫉妬が元で妖になって、原を呪い殺そうとしてるんだな!」 芝居がかった動作と言葉に、花月は、しらけた目を向け、冷たく言い放つ。 「違う。」 「え?」 「座ってください。」 「どこが違うんだよ。」 不満そうに唇をとがらせた貴文は、荒々しく座った。 花月は部屋中に響き渡る大きな溜め息をつき、皮肉っぽい笑みを貴文に向けて言った。 「やっぱり、雨宮先輩は単純ですね。」 「なんだと!」 「嫉妬が元というところまでは、まあ良しとしましょう。でもそのあと、どこに怨みが向くかというところが見当違いです。」 「どこに向くの?」 「周りの男。」 「はあ?なんで?」 「そんなものですよ、色恋事なんて。」 妙に達観したような花月の口振りが気になった貴文だが、それについて尋ねることはぐっとこらえ、ぶつぶつと呟きを漏らす。 「じゃあ俺は楠原が周りの人間を傷つけないよう、気を付ければいいんだな。」 「ええ。僕は楠原さんが妖に身を堕とさないように色々と動いてみるつもりです。」 「それで、あいつは何て言う妖なの?」 貴文の質問に、花月は窓辺から離れ、貴文の前に膝をついた。 いきなり花月の整った顔が真正面にきたため、貴文は狼狽えて目を泳がせる。 花月は艶っぽい微笑を口元に湛え、華奢な手を貴文の首に持っていった。 氷のように冷たい指先が首に触れたとき、まるで刃を押しあてられたような気分になり、貴文は思わず息を止めた。 「ろくろ首、ではないかと。」 花月は笑顔のままそう言って、貴文の首から手を離した。 「……ろくろ首?」 息苦しさを破るように口を開けば、生暖かい空気が真綿詰めるように肺を満たしていく。 「首絞められるのかと思った。」 泣きそうな声で貴文がぽつりと言う。 それを聞いた花月はぷっと吹き出し、口元を拳で押さえながらくすくす笑った。 あまりに花月が笑うので、貴文はむっとして花月を後ろから羽交い締めにしようと腕を伸ばす。
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