待の章

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その目に、さすがの楠原も思わず言葉を飲んだ。 「先輩、自分では気がつかないのかもしれませんが、有名な話ですよ?」 「な、なにが……。」 「『奔放な彼女に振り回されて、大好きなバスケットすら辞めてしまった阿呆』って。」 返す言葉もなく目を白黒させる楠原を一瞥して、花月は部室に帰った。 部室では心配そうな顔をした貴文が、落ちつかなげに室内をうろうろしており、花月が帰ってくるとほっとしたように笑った。 「なんかあったのか?」 「ええ、ちょっと。」 花月は短く答えて、ソファーに寝転んだ。 「先輩、楠原先輩の彼女ってどんな人ですか?」 「あれ、学内で見たことない?」 「ええ、実際に見たことはなくて。」 貴文は「実際に」という言葉が引っ掛かったものの、気にせず花月に言う。 「超かわいい子。よく楠原と歩いてるから、そのうち見かけると思うけど。元々バスケ部のマネージャーやってたんだけど、他のマネージャーと楠原を巡ってトラブって、辞めちゃったんだよね。その時楠原も一緒に辞めさせたんだ。」 「へえ。じゃあ力関係でいくと、彼女のほうが上なんですね。」 「不思議なことにね。いや、楠原ってさ、女の子に人気あったから、基本的にいつも主導権握って、飽きたらぽいだったんだよ。だけど、今の彼女にたいしては絶対服従っていうか、なんていうか……。」 「なるほどね。」 花月はそう呟くと、貴文に言った。 「あの人、注意して見ておいたほうがいいですよ。」 急にそんなことを言われた貴文は、目をぱちくりさせる。 「えっと……なんで?」 首を傾げる貴文のほうを見ることもなく、花月はそっと目を閉じた。 どうやらそれ以上話す気はないらしく、うたた寝をするようだ。 肝心なところでいつも話を中断してしまう花月に、貴文は内心穏やかではなかったが、何かしら意図があることが多いと分かってきたため、あえて何も言わなかった。 そして机の上に並んだ湯飲みを洗い、布巾で丁寧にふき、元の戸棚にしまう。 その作業が終わる頃には、花月はすうすうと規則正しい寝息を立てており、貴文は黙って漫画を取りだした。
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