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小一時間が経ち、貴文は漫画を机に置いた。
花月もいつの間にか目を覚ましていていたが、まだ覚醒しきっていないようで、ぼんやりと天井を眺めていた。
そのとき、貴文はポケットの中で携帯電話が振動するのを感じ、慌てて引っ張りだした。
ズボンのポケットが裏返り、悪戯っ子が舌を出すようにぺろりと垂れ下がるのをそのままに、貴文は通話ボタンを押す。
「はい、もしもし。ああ、小竹ちゃん?なに?……うん、うん……今から?えーっと……いや、大丈夫。一時間くらいかかるけど、構わない?……分かった、じゃああとで。」
電話を切る貴文に、花月は体を起こしながら言う。
「じゃあ僕も帰ります。」
「え?」
「ホームセンターに行くんですよね?今日は会長も来ないし、僕も一緒に出ますよ。」
「話聞こえたのか?まあ、いいや。花月も付き合えよ~。」
そう言って貴文は花月の肩に腕を回した。
花月はため息をつきながら、その腕をほどく。
「いやですよ。ホームセンター遠いじゃないですか。」
「いい運動になるしさ。」
「お一人でどうぞ。」
「なんだよ、つれないやつ。」
貴文は花月を説得力することを諦め、仕方なく鞄に漫画をしまった。
最後に心変わりするかもしれないという期待はあったものの、早々に部室を後にする花月を見て、いよいよ貴文は諦める。
普段は人とすれ違うことがない廊下を、次々と人が通り過ぎていくため、二人はいやでも文化祭を意識させられた。
「この別館は文化祭当日何に使われるんですか?」
花月にそう尋ねられた貴文は一つ一つ指を折りながら答える。
「去年は音楽室でバンドのライブだろ、あと視聴覚室でクラス製作の映画の上映、それに小ホールで劇、それから迷路やってたクラスもあったかな……。それと、家庭科室で模擬店の材料の下ごしらえとかしてた。」
「じゃあ大抵の出し物は本館でやるんですね。」
「うん。教室があるのはあっちだけだから、必然的にな。」
花月は小さく頷いたあと、ふと窓の外を見た。
「あ、さっきの人だ。」
「え、楠原?」
貴文も花月にならって外を見る。
花月が細い指で指し示した先を見ると、たしかに楠原が歩いていた。
彼は相変わらず手ぶらで、辺りをきょろきょろと見回している。
「あいつまだ椅子探してるのかな?」
貴文は気の毒そうに言った。
花月は横目で貴文ほ様子をうかがってから、再び窓の外に視線を戻した。
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