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何故小竹がそんなことを言うのかわからなかった貴文は思わず聞き返した。
「アドバイス?」
「そう。」
「なんて?」
「そんなことは自分で考えて。さあみんな、そろそろ作業再開しよう。」
小竹の指示でてきぱき動く人の群れを見ながら、貴文は小竹に言われた言葉を考えた。
いくら考えても答えが出ないので、次第に情けなくなってくる。
そうなると、貴文の脳裏にはある人物のほっそりした姿が浮かぶのだった。
作業を手伝い終えた貴文の足は、その人物のもとへ向かっていた。
「藤間」 という控え目な表札を目の前にすると、自然と気が引き締まる。
緊張して固くなる拳で戸を叩けば、中から吉次の声が返ってきた。
「ハイハイ、どちらさん?」
「あの、雨宮です。」
すると門はするりと開く。
「先輩クン、花月なら今おらんのやけど、どうする?」
吉次はいつもひとつに束ねている長い黒髪をそのまま肩に垂らしていた。
貴文がそれをまじまじ眺めていることに気が付いた吉次は、苦笑しながら手に持った赤い組紐を貴文に見せる。
組紐は真っ二つに千切れていた。
「さっき庭の木に引っ掛けてしもうて。今代わりのもん探しとったとこなんや。まあとりあえず上がり。」
そう促され、貴文は家に上がった。
相変わらず家の中はひんやりしていて、人工的な涼しさにはない清らかな空気が漂っていた。
その涼気を不思議に思う気持ちは、最近薄れてきたが、やはり不思議なことにはかわりない。
貴文は吉次に尋ねてみた。
「なんでこの家はいつも涼しいんですかね?」
「さあ、なんでやろ。みんな暑いの苦手やからやないか?」
「みんな?」
「胡月の旦那も有月はんも、花月も。」
「で、でもクーラーとかないじゃないですか。」
「ああ、木が多いさかい、涼しいのとちゃう?」
どうも吉次はこの涼しさについてさして深く考えていないようで、貴文は満足な答えを得ることはできなかった。
居間に通され間もなく、花月が帰ってきた。
花月は制服のままで、手に小さな紙の包みを持っていた。
そして貴文の姿を見ると、すぐに時計に視線を移し、それから貴文に尋ねる。
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