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「ご飯食べていきますか?」
「いいの?」
「ええ、ちょっとご飯を炊きすぎたので、よかったらどうぞ。」
花月はそう言うと紙の包みを吉次に渡し、居間から出ていった。
その包みが気になった貴文は、吉次に尋ねる。
「何ですか、それ。」
吉次も中身が分からなかったようで、不思議そうに包みを眺める。
掌に収まる大きさのその包みを吉次らしく無造作に開ければ、中から深紅の組紐が出てきた。
思わず切れてしまった組紐と見比べ、吉次は二つの紐をいとおしそうに見つめて呟いた。
「切れてもうたこの紐はな、胡月の旦那がくれはったものなんや。」
「そうなんですか?じゃあもうずいぶん古かったんですね。」
「そうなるなぁ。花月がくれたこの紐も大事にせなあかんな。ただ……。」
ふつりと言葉が途切れたので、貴文は顔をあげた。
吉次は虚ろな目で、掌の上の新しい組紐を見下ろしていた。
その表情は寂しそうでもあり、どこか嬉しそうでもあり、ただの紐を眺めるにしては、あまりに複雑な顔だった。
「吉次さん?」
貴文は思わず吉次に先の言葉を促す。
そうしなければ、不可解な沈黙に爪先から沈んでしまいそうだったからだ。
吉次はそれを知ってか、一瞬顔を伏せてから、すぐにいつもと同じ飄々とした空気をまとい、長い髪を手早く束ねた。
そして座卓を前にだらりと座り、テレビをつける。
四角形に切り取られた画面の向こうでは、野球選手が大きなホームランを放っていた。
「おっ、先輩クン見てみい。カープの角選手が久しぶりのホームランや。」
「吉次さん野球好きなんですか?」
「まあまあ好きやで。昔に比べたらずうっとおもろくなったしな。」
そう言って喉を鳴らす吉次の向かい側に貴文が腰をおろそうとしたとき、花月が着替えて居間に戻ってきた。
彼はTシャツの腕を捲りながら、貴文に声をかける。
「配膳を手伝ってもらってもいいですか。」
「おう。」
返事をしながら腰を浮かせる貴文の影から、吉次の感謝の言葉が花月に飛んだ。
「花月、おおきに。」
花月は小さく頷くと、すぐに身を翻す。
花月の華奢な背中を追って台所にはいった貴文は、食器棚から皿を出した。
揃いの出石焼を出しながら、その冷たい肌触りの心地よさにうっとりしていると、花月が涼やかな声で尋ねてきた。
「楠原さんと原さんのことですよね?」
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