待の章

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「うん……。」 貴文があまりに素直に頷くので、花月は形の良い唇を微かに震わせた。 「花月は俺に『気を付けてろ』って言ったけど、俺はどう気を付ければいいのか正直なところよく分からないんだ。原が楠原以外のやつとイチャついてるっていうのは、よく分かったけど。」 一息にそう言って、貴文は重い溜め息をついた。 味噌汁を汁椀につぎながら黙って聞いていた花月は、おもむろに口を開く。 「僕が言ったのは、楠原さんに気を付けろ、でしたからね。きっとそれが先輩を混乱させてしまったのでしょうね。」 「そう、そうなんだ。」 貴文は再び深い溜め息をついて、皿を机に並べた。 花月はすかさず山芋の天婦羅が入った皿と菜箸を貴文に渡し、皿に並べるよう指で指示をする。 昼間重い荷物を運んだせいでできてしまった手の豆に顔をしかめながら、貴文はのろのろと天婦羅を盛り付けた。 その様子を眺めながら、花月は優しく言う。 「曖昧な言い方をした僕が悪かったです。食事が終わったら部屋でゆっくりお話ししますよ。」 「お、おう。」 それはとびきりの秘密を知ることができるような、密やかな興奮を貴文の心に灯す言葉だった。 しかし、今まさに襲いくる空腹の前に、沸き上がった好奇心は間もなく影を潜めていった。 食事を終え、花月と貴文は二階の花月の部屋に腰を落ち着けた。 花月は貴文に座布団をすすめ、自分は南側に面した大きな窓の窓辺に腰掛ける。 「さて、どう言えば分かりやすいのか……なかなか難しいですね。」 そう切り出す花月に、貴文は控えめに尋ねた。 「具体的に、俺は何に気を付ければいいわけ?楠原と原を接触させないようにすればいいの?」 「それも一つの手ではありますが。僕が気を付けろと言ったのは、彼が妖になりかけているからなんです。」 「え!なんだって?」 貴文は思わず腰を浮かせた。 花月は肩を竦めて続ける。 「まだその形がはっきりしない段階ですが、このままいけば妖になってしまうと思います。」 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。妖って……あいつ人間だよね?」 「はい、そうですよ。」 「人は妖になるの?つまり、その、生きてる人間が。」 花月は窓を少し開けながら頷く。 乾いた夜風がその隙間から部屋に吹き込み、貴文の髪を揺らす。
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