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今から八年前のある日の事。あの日のことは、僕は今でも忘れない。
『ユーリ、お母さんは仕事で今日は帰って来ないけど、あまりお父さんに迷惑は掛けないようにね』
『仕事って、今日もエルのとこ?』
『そうよ。まあ、エルちゃん達と会うわけじゃないんだけどね』
『じゃあ! 僕も行く!』
『だーめ。話聞いてた? お母さんは仕事ととして行くんだから、ユーリは今回はお留守番。わかった?』
『……わかった。今日は父上に魔法教えてもらう……』
『“今日は”なのね……』
今日のような、春が近い日の朝の出来事。いつもの光景と言っても差し支えない、そんな日常的な、何も変わらない一日の始まり方だった。
只、違ったのは、以降母上は帰って来ることなく、来たのは母上が事件に巻き込まれて死んだという知らせだったという事と、後にその日がハルバティリス王国に住む人々を恐怖に震え上がらせた事件が始まった日と呼ばれるようになった事くらいだ。
たったそれだけ。僕にとっては、それだけだった。けれど、たったそれだけの事で、色々なものが狂ってしまった。それはまるで、実感なんて無かった僕に実感させようと誰かが強いてきているのではないかと思えるほどに。
そして全てを狂わせた事件について発表された国による見解は、何らかの魔法や魔術によって錯乱した人々が殺し合いを行ったのではないか。ということであった。
しかし、発表されたのはそれだけであり、以後、犯人が捕まったという話も聞いていない。
……さて、少し話を戻そうか。
事件は初日から大量の人が死者が出た。僕の母上であるエノーラ=カリエールも例外ではなく、また勿論、僕の知る人間で死んだのは母上だけではない。
ある一つの貴族。この世界でも有数な白魔術師の家系であり、同時にこの国でも有名な名家が、たった一日で一氏族ごと壊滅状態に陥った。
その貴族が……いや、この場合は名家と呼んだ方が適切だろう。とにかく、その名家が、“この国”でなく、“この世界”でも有数と言われるのは理由がある。
それは何千年も昔、神話の時代。現在でもこの世界に広がり伝わっている神話にまで遡る。
当時、後に英雄と呼ばれる人々が率い、此方の世界に住む人々の祖先でもある軍勢と、後に《牢獄の住人》と呼ばれる事となる人々の集まった軍勢が世界を二分し、戦争をしていた。
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