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そして彼女こそが、僕の母上が死んだ日にほぼ壊滅状態に陥った“ある一つの貴族”の祖であると言われており、世界的にも広く名を知られている理由である。
しかし、ある一つの貴族は、現在ではコルネリウスとは名乗っていない。まあ、舞台が何千年も前、それも神話の事なので当たり前と言えば当たり前の事なのかもしれないが。
では、何と名乗っているのか。それは過去の僕だったならば身近過ぎて、忘れがちになってしまうような名前。
『スチュアート』。それが“ある一つの貴族”の家名だった。
「懐かしいな……八年前……だったか?」
言葉とは裏腹に懐かしくなんてなさそうな素振りで、橙色の髪の男は問い掛けてきた。僕の頭を冷めさせようとするかのような、落ち着いた口調なのが余計に腹立たしい。
しかし皮肉にも、そのお陰で自分を客観視する事になり、取り乱していた僕は幾許かの余裕を取り戻した。
「そう……だね。けれど、八年前に事件が起こった事なんて誰だって知っているし、僕の母上が死んだ事だって、ある程度の人間は知っている。それに、僕は母上が死んだあの場に居たわけじゃない」
「……確かにそりゃそうだ。簡単には信じらンねぇな。けどよォ、居るじゃねぇか。あの場に居た人間が、ここに」
そう言い、橙色の髪の男は僕から少し目線をずらし、僕の後ろに広がる景色へと遣った。
「動くな」
「おいおい、別に今は何かしようってつもりじゃなかったんだけどなァ。そんなに大事か? その闇髪のガキが」
「別に、大事なのはエルシーだけじゃないよ。お前が動くとヴァルとツカサ君にも害があるかもしれない、だからそう言ったんだ」
「あァ、そうかよ。じゃあ俺は動かねぇからテメェが闇髪のガキに訊いてみろよ。俺の事を知っているかって」
「……わかった。その代わりその場所からヴァルとツカサ君に害を与えられない距離まで下がれ」
「チッ……つくづく信用されてねェな」
「信用なんて出来るわけないだろう」
僕の提示した条件に、橙色の髪の男は文句を言いながらも素直に応じ、倒れている二人から距離を取る。素直なのは余裕から来ているのか、それとも何らかの考えがあるのか。
しかし、今はまだ判断のしようがないので、僕は警戒心を張り巡らしつつも後ろに下がり、踞り震えているエルシーに声をかけた。
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