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「エルシー」
名前を呼ぶと、彼女は体をビクッと震わして、ゆっくりと、恐る恐るといった様子で顔を上げ、怯えた表情を僕に見せる。
「ユー……リ……?」
エルシーの問い掛けに、そうだよ、と返すと、彼女の硬かった表情はほんの少しだけ和らいだ。
「ヴァル……は……?」
しかし、直ぐにそう問われ、答えに迷ってしまう。
「……大丈夫だよ」
暫時迷った挙げ句、僕はそう言葉を返して、エルが僕の後ろの景色を見ないように注意しながら、それ以上追及されないようにエルシーよりも先に疑問を呈した。
「ところでエルシー、さっきの橙色の髪の男を知っているかい?」
けれども、そう質問したところで、さっきの気遣いも結局は僕自身でふいにしてしまう事に気付き、己の愚かさを痛感する。
「橙色の……うぁぁぁぁああああ!?」
「エルシー、落ち着いて」
「ユーリ! ヴァルは!? ヴァルは!?」
僕の制服を掴んで強く問い掛けてくるエルシーに、僕は何と答えれば良いのだろうか?
きっと、ヴァルは今危険な状態だ。いや、ヴァルだけじゃない、ツカサ君もだ。それを今のエルシーに伝えて、彼女が正気を保っていられるとは思えない。
なら……。
「エルシー、ごめんね」
ちっぽけな、そんな言葉だけで、今までの事も含めて無かった事になんて出来ないだろうけど、ちっぽけな言葉の中に出来る限りの心を込めて呟いた。
「〝ブライズ〟」
だけど、その上から、更に最低な事を重ねる僕は、やっぱり度し難い愚か者だ。
一瞬だけ声を洩らした彼女の、酷く軽いその体重が、僕の体を通して伝わってくる。そんな彼女を抱き上げて、演習場の隅にゆっくりと下ろした。
刈り取った意識がどれくらいの時間で戻ってくるかなんてわからないけど、そんなに直ぐには戻らないだろう。
「待っていてくれるなんて律儀と言うか、随分と、優しいんだね」
エルシーを巻き込まないように彼女から離れた位置に移動し、橙色の髪の男の方へと足を向ける。
「……どうして闇髪のガキに訊かなかった?」
「こんな状態になるんだ。訊く必要なんてなかったんだよ」
「ハッ、テメェの方がよっぽどお人好しじゃねェか」
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