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森の奥にあった屋敷が小さな墓地となり、生き残ったたった一人の住人、即ち俺は森の入口に掘建小屋を設け、相変わらず誰とも会う事なき独居隠遁の生活をしていた。
二人を亡くして以来、俺は喪服のように黒い外套と中折帽で身を包むようになった。父の形見であるこの装身具に、俺は己を隠すような役目を与えたのである。
その姿は春夏秋冬問わず、夜寝る時以外はずっとこの姿を保っていたのである。
二人の三年祭が過ぎて訪れたこの夏も例外ではない。日照りの中でも外套は直射日光を遮るので幾分楽にはなる。熱の方は、生き残ってしまった自分への罰と思えばどうとでもなる。全身を雪に埋めて命を喪った二人と比べれば何でもない。
しかしながら、この年ばかりはそうも言っていられるものではなかった。六月を迎え、とうに梅雨が訪れているはずの季節なのだが、今年は未だ一滴の雨も降りはしなかった。梅雨前線が若知を器用に避けたとでもいうのだろうか。
池は干上がり、川も髪の毛一本程の水が辛うじて流れる程度。街中に多く見られる湧き水すら、日に日に量を少なくし、田畑は当然乾いた土がひび割れていた。
――……これはまずいな。
窓から天を仰ぎながら不安を覚える俺。流石の俺も、肉体は只の人間である。となれば、水もなく生き延びる事はまず不可能といったところだろうか。
とはいえ、精神の方は既に数多の魔術能力を身に付けており、やろうと思えば天候であろうと操れない事もない。
――……問題は、それをやって、俺の体が保つかなんだよな……
そこである。強大な魔術には須らくして過大な代償がつきものである。とりわけ大気循環という地球規模の事象を扱うとなれば、これは最早熟練の魔導士ですら絶命する危険性がある代物であった。
――……それでも、だ。
俺は腹を決めた。もとより身内も知り合いもいないような俺である。死のうがどうしようが、とうに悲しむ人間は誰もいなかったのだから。寧ろ、この程度の命と引き換えに世界が助かるのであれば、安いものである。いずれにせよ、俺なしでも世界は調和を取って何事もなく進むに違いない。
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