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リムジンに乗り込むとあなたはわたしの髪に触れた。あの日までしっとりと冷ややかだったあなたの手は、少しかさついていた。
「お前の髪を結うのは勿体ないよ。」
慣れた手つきで髪を解き、カサブランカの花冠をひとつわたしの髪に刺した。
「黒馬のような髪にはやはり百合が似合う。」
独り言のようにごちながら、わたしの髪で遊ぶ。ただそれだけのことがこんなにも愛しく幸福なのだと改めて思った。
車は物語を繋ぐように滑らかに進みオペラ座に着いた。
開演までの暫くの時間を喫茶室で過ごすことにしたわたし達は、見知った顔に挨拶しながら目的地へと漂った。
そこでもまたあなたの復帰と無事に喜びと祝福の言葉が雨と降り注いだ。
喫茶室に辿り着き奥のテーブルに着くと、ひとりの女があなたの隣に滑り込んだ。見ると、刑務所にいた女であった。
「久し振りね。」
形の綺麗な、だが薄い唇を動かし女は言った。あなたは2度わたしの手を握ってから女のほうを向き応えた。
あなたは女といつどこで出会ったのか、どのくらい前に別れたのかを簡潔に説明した。女はわたしの存在も、立場も知った上で近づいてきた。
女との思い出話に夢中になるにつれ、いつしかあなたの手はわたしの手から離れていた。
テーブルの上で冷えたわたしの左手に指輪はなかった。
冷めたカプチーノを飲み干し時計を見る。そろそろ席に移動したほうがいい。しかし、女は決してあなたを放すまいとして語りかける。
あなたも久し振りの外の世界に浮き足立っているみたいに、女との再会に意味を探していた。
わたしはもう待ちたくはなかった。
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