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我々にしては珍しく長い対話だった。その後、彼は私の喉笛に宝飾短剣の刃をそっと当てた。私が記憶する触覚の中で最も冷たいもの。私はすこしだけ痺れるような快感を覚えたけれど、彼の冥い眼を鏡越しに見るうちに、もしかすると本当に喉笛を掻き切られるのではないかと訝しんだ。そうしたら怖くなった。
――違う
切先を私の喉に当てたまま言った。
――死の一瞬など何でもないが。その後の、永遠に続く無が恐ろしい
私を鏡台に残して、彼は書斎机の前の椅子かけると、脚を組んでまた虚空を見つめ始める。私には死の一瞬、その恐怖しか湧かなかった。あるいは、泣いても喚いても絶対に死ななければならないということは、本当はとても怖ろしいことかもしれないとも思った。すると彼の言う、冷たい虚無が私を包み始めたようにも感じたが、結局わからない。いずれにせよ死が不可避なら、着飾ったまま彼に喉笛を裂かれて死にたい、と夢想に耽るくらいのもので。
――今ここで私が殺して差し上げます
思いついて言った。すると彼は脚を組みかえて微笑を送った。それだけだった。
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