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脚が長く痩せていた。五線譜や神学書を見ている。あるいは貝殻や鉱石の標本箱を眺めている。冷たい瞳を――石のように冷たい瞳を、持っていた。蜜のような視線。甘い囁き。私の記憶の深層に沈み込んでいる像の欠片。かつて私の時間が、現在よりも濃密だった子供の頃。その世界を共有した一人の人物。
彼との出会いを委しく覚えていない。いつの間にか私は、彼の私室へ通うようになっていた。そして瞬く間にその人工的で宇宙的で幻想的で蟲惑的な部屋に魅せられ、その崇拝者に――そう、いま何とはなしに崇拝者と言ったが、その言葉は実に的を射ている。機械美と幻想性に満ち溢れた空間への羨望、その設計者に対する畏敬。
彼によって分解され、彼の嗜好に敵う何か別のものに再構築される物体群。私もまたそのオブジェのひとつとして彼の私室に陳列していたいと、思っていた。
珈琲を頼んだ。陽光に満ちたテラスに店主が現れ、熱い珈琲を注いでくれる。次の講義まで2時間以上あった。私は読んでいた文庫本に栞を挟み、また回想に耽る。
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