函の中の万有引力

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     彼の鏡台に映る私はとりわけ不安定に見えた。  それは三面鏡で、さまざまな角度から、多数の私がそこに展開した。彼が私の髪を弄るとその鏡像は一変するので不思議だったのを憶えている。旅行先で買い求めたという宝飾品をあしらってくれたりもした。宝石。重たい腕輪。紐飾り。おそらく模造品も多く混じっていたはずだ。化粧品も少々あった。少年であると同時に、それと同等の少女的な要素も含む時期だったから、それは扮飾と言うより変装であり、効果は絶大だった。    そんな姿を家族や友人に見られるわけにはいかないし、もしそうなったとすればと考えるだけで目眩を覚えたものだが――確かあの当時、変装後の私を撮影した写真が三葉あるはずだ。彼の書斎机の抽斗にしまわれていたけれど、あれが何かの理由で流失したらと考えると、さすがに現在でも心が騒ぐ。とは言え、誰もそれが私だと判るはずもないだろう。誰もそれが私だと判るはずもない写真に気を惹かれ、手に入れられるものなら手に入れてみたいと思っている私は先月、廿歳の誕生日を、迎えた。  少年でもあり少女でもあり、美しくもあり醜くもあり、その境界の間で揺れていた一瞬の光芒。そうだ、彼の私室に出入りしていたあの頃というのは、ちょうどそんな時期だった。  私は珈琲に角砂糖を落として頬杖をつき、遠くを見つめて想う。    
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