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「まさか前言撤回して、この場から足早に逃げるわけじゃありませんよね?」
「いや、それは……」
「急いでいるならともかく、暇で暇で仕方のないお兄さんが、こんな幼気な女の子のお誘いを断るだなんて……そんな……ねぇ?」
ニヤニヤニヤニヤニヤ。
幼女の憎たらしい笑みが鬱陶しい。王手をかけられて焦っている相手を上から見下ろすような、巧く表現できないが、とにかくそんな感じの勝者の顔。
「…………」
対する俺はと言うと、無い頭を必死にフル回転させて、現状の打開策を考えるが――。そんな都合の良いモノがこれまた都合よく発見されるわけもなく。
まぁ、詰まる所。
「……クソッタレ」
大袈裟に嘆息を漏らし、軽く両手を挙げた。
「分かった。俺の負けだ」
これは、詰みだ。
この幼女から逃げるタイミングを、完璧に失った。
「ずいぶんと潔いですね。もうちょっと粘るかと思いましたが」
「ここまで綺麗に罠に嵌められたのは久しぶりだからな。諦める他ねぇよ」
「良いですね。そういう割り切りがハッキリしているところ、好感が持てますよ」
そう言って、幼女は年相応の笑みを浮かべてくる。
それもまた、少しだけ憎らしい。
「お前は、いつもこんなことしてるのか?」
「まぁ、そうですね。スズは入院生活が長いですから、毎日が退屈で仕方がないんですよ。そこで、お兄さんみたいな人を見つけて、ちょっぴり弄んでみるのがマイブームなのです」
「迷惑極まりないブームだ」
「体だけ成長した阿呆な大人達を綺麗に言いくるめてやるのは、結構快感なので」
「クソガキが」
「では、そのクソガキに無様に言いくるめられたお兄さんは何なのでしょうね」
っぐ。
それを言われたら言い返せない。
せめてもの抵抗で、舌打ちを漏らし、顔をそむける。
「まぁまぁ、そう拗ねないで下さい。大抵の人は途中で、尻尾巻いて逃げる腑抜けばかりですから。最後まで足掻いて、しかも素直に負けを認めたお兄さんは、ある意味とっても素敵ですよ?」
「…………」
まぁ、確かに。
普通の奴なら、こんな幼女が何かしら言いくるめてきても、マセガキとして適当にあしらって終わりだろう。
愚直に真正面から相手してしまった俺が馬鹿だったか。悔やんでも悔やみきれん。
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