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『……………まぁ用心棒の旦那。良かったら一服どうかね?』
迂闊にも大声を出してしまったせいで後ろの雇い主がこちらの様子に気付いて顔を覗かせている。
『申し出は有り難いが遠慮しておこう』
用心棒もさらりとかわす
『いゃあ年甲斐もなく熱くなって大声なんか出したりしてお恥ずかしい限りでさぁ』
『俺が気にしていないのにあんたが気にする必要はないさ』
それを仲直りの印と見たのか、雇い主は顔を引っ込めて家族との団欒に戻ったようだ
この用心棒は
一方で安堵を、一方で得体の知れない不安を感じながら御者は思う
鋭過ぎる
だが確証は何もないのだろう
ばれる筈はない
奴と私は初対面で奴は何も知らない筈なのだから
そう自分に言い聞かせて不安を和らげた
それにしても遅過ぎる
内心の苛立ちを隠して、御者は用心棒に差し出したのとは違う新しい煙草に火を点けた
何をしている
このままでは森を過ぎて町に着いてしまうぞ
『用心棒の旦那、申し訳ねぇんですがあっしも小便に行って来まさぁ』
ふと、用心棒が微笑む
『では見張っていてやるからそこでするといい』
『いやいやこんな見晴らしのいい所じゃ出来ませんやね。あっしも用心棒の旦那みたいに森で用を足してきまさぁ』
用心棒はその静かで確信に満ちた笑みをそのままに、そろりと言葉を抜き放った
『確かに俺は小用を足して来ると行って森に入った。しかし小便をしに行った訳ではない。ここまで言えば分かるだろう?』
御者の顔が青ざめていた。
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