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相手は出来上がったばかりの二本の手でケムンを掴み、口の中に押し込み、ばりばりと喰う心算なのだ。
“それじゃあ六人目よ、そろそろ喰わしてもらうぞ”
唇の無いばかでかい口が、がばと開き、ずらりならんだ三角形の鋭い歯が、その中にはっきりと見えた。
ケムンの右足が、本来の持ち主の悲痛な叫びを無視してふわりと上がり、そして前方に降りた。
そして今度は左足がふわりと上がり、同じく前方に降りる。
その時、
「いてえっ!」
ケムンの左足の裏に激痛が走った。
見れば擦り切れた薄いスニーカーの底を突き破って、何かがケムンの足の裏に、ふかぶかと突き刺さっていた。
おそらくホテル閉鎖の際は、最後の整頓や清掃がきちんと行われなかったのであろう。
それは肉料理に使う長い鉄製の串。
その先が九十度曲がり、それを上に向けて深い絨毯の上に落ちていたのだ。
あわてて串を抜いた時、ケムンはあることに気がついた。
自分の頭をつかみ引っ掻き回していた二本の腕が、何処かに消えてしまっている。
ケムンは逃げようとした。
が、異界の顔も気がついていた。
自分の透明な手の力が、たった一本の串によって弾き飛ばされてしまった事を。
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