狭間のもの

56/58
46人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
「しゃあないなあ。消防に連絡するしかないか。 おいケムン、ご苦労だがひとっ走り町まで行ってくれ」 その時、いつの間にか傍に立っていたボンちゃんが、気の抜けたような声を上げた。 「あれえ、今度はサムソンさんが居ないぞ」        ・ 消防車は直ぐにやって来た。 火は四階まで燃え移った所で、消し止められた。 当然の事ながら残った四人のホームレス達は、警察から事情徴集を受けた。 カンさん、スーさん、ボンちゃんの三人は「何も知らない」と本当の事を言い、ケムンは「何も知らない」と嘘を言った。 結局のところ、警察はホームレスの誰かが火を点けたとは、微塵も考えていなかった。 そんな事をしても彼らの得になる事は何一つ無いし、普通の人間以上に“生きる”ことにシビアな彼らが、そんな“お遊び”をするとは、とても考えられ無いからである。 最初から「誰か不審な者を見なかったか?」という問いである。 トイレの窓が開いていた事には気付いたが、火元に近いそれは熱風ですっかり焼け焦げていて、残っていたであろうケムンの指紋を、この世から消し去っていた。 幸いにもホテルの火災と関係のない温泉街において、最近二件の連続放火事件があったばかりだ。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!